ヘルスリテラシーを高めよう(前編) | 水と健康の情報メディア|トリム・ミズラボ - 日本トリム

ヘルスリテラシーを高めよう(前編)

新型コロナの蔓延、ワクチン接種の評価、成人病の増加傾向、高齢化社会の到来など、私たちをとりまく健康上の話題は尽きることがありません。これらの話題は尽きるどころか、毎年どんどん増えて言っているようにさえ感じられます。そして、それぞれの話題に対しては、様々な人たちが、様々な情報を、様々なメディアで発信しています。これらの膨大な情報の中から、信頼性の高い情報を得て、上手に活用するためにはヘルスリテラシーを高めることが重要です。

今回は、健康情報を上手に活用する能力「ヘルスリテラシー」について解説をしていきます。

ヘルスリテラシーとは?

ヘルスリテラシーとは、医療や健康に関する情報を収集・理解し、健康維持や治療などの意思決定に活用できる力を指します。しかし、この定義は世界共通のものではなく、いくつかある定義の最大公約数的な解釈を述べたものに過ぎません。

ヘルスリテラシーという言葉は1990年代あたりから徐々に使われ始め、そこから現在に至るまで微妙に異なる定義がいくつか生み出されてきました[※]。たとえばWHO(世界保健機関)の定義では、次のような説明がされています。

“ヘルスリテラシーとは、日々の活動や社会的な交流、世代を超えて蓄積される個人的な知識や能力のことである。個人の知識や能力は、人々が自分自身と周囲の人々の健康とwell-being(幸福)を促進し維持する方法で情報やサービスにアクセスし、理解し、評価し、利用できるようにする組織の構造と資源の利用可能性によってもたらされる。”
(原書:WHO「Health Promotion Glossary of Terms 2021」)
(翻訳:日本HPHネットワーク & 日本ヘルスプロモーション学会)

この定義では、ヘルスリテラシーは「個人」の健康改善に役立つだけではなく、周囲(社会や別世代)にも影響を及ぼしうるものだと述べられています。最初にお伝えした定義とは少しニュアンスが異なりますが、このように定義されていることもあるわけです。また、WHO自体も「ヘルスリテラシーには様々な定義がある」と述べていることから、今後も変化しうる概念であることが伺えます。

しかし、これではヘルスリテラシーの概念があまりに大きすぎて、捉えることが難しくなってしまうため、ここでは冒頭に述べた簡易的な定義を元にして、話を進めていきたいと思います。

※. Nutbeam(1998年)、米国医師会(1999年)、Healthy people 2010(2000年)、Zarcadoolas Cら(2006年)、Kickbuschら(2008年)、Sørensenら(2012年)など。

健康情報の氾濫

現代はSNSアプリなどの台頭によって、様々な情報が大量に生み出されています。情報の種類は「文字情報」だけではなく、「音声情報」や「動画情報」などもあり、私たちはそれら多種多様な情報の中から、自分たちの求める情報を見つけ出して、仕事や生活の中で活用しています。

しかし、こういった情報の中には有益なものとそうでないものとがあり、それらの取捨選択の見極めを誤ると、様々な弊害を被ることになります。たとえば「新型コロナウィルス」や「ワクチン接種」などの情報については、当時、ニュースや新聞、書籍、YouTube、SNSなどを介して、様々な人が様々な情報を発信していました。それらの情報は、互いに内容が相反していたり、頻繁に内容が変わったり、変な陰謀論で着色されていたりと、人々に大きな混乱と被害をもたらしました。

こういった“突発的な有事”ともいえる状況下において、たくさんの情報が錯そうしてしまうことは、過去の歴史を振り返ってみてもよく見られます。しかし、わが国日本はすでに「超高齢化社会」という“長い試練の時代”に突入しています。そうなると、医療や福祉をはじめとする健康に関する情報が、今後さらに氾濫していくことになるでしょう。

そのような状況下において、世に出回っている情報の「不確実性」や「信ぴょう性」というものを、ないがしろにして生きていくのは、非常に危険なことではないでしょうか。情報の不確実性を知ることについては「メディアリテラシー」の分野において強く述べられていますが、それは「ヘルスリテラシー」の分野でも共通しています。

情報の不確実性や信ぴょう性について学ぶことは、ヘルスリテラシーの基礎中の基礎です。下記の内容を参考にして、一緒に学んでいきましょう。

素人の憶測情報の場合がある

個人が運営するYouTubeチャンネルやブログなど、趣味の範囲で運営されているサイトにアップされた情報には、漠然とした思いつきや勝手な憶測(推測)もたくさん含まれています。「これは私の憶測ですが…」という冒頭句がついている場合は分かりやすいですが、中には個人の思いつきによる情報であるにも関わらず「●●に違いありません」といった断言口調のものも散見されます。ヘルスリテラシーの高い人であれば、そのような形で発信された情報であっても、冷静に信ぴょう性を疑うことが習慣としてできているのですが、ヘルスリテラシーが低い人の場合、その情報を鵜呑みにして実際に行動に移してしまう危険性もあるのです。

また、個人が運営するブログ界隈では「キュレーション」といって、複数の人気サイトの情報を一つに見やすくまとめ、いくつかの情報を追加してから、再度別のサイトやブログなどにアップするということが頻繁に行われています。この場合、キュレーション元となる人気サイトの記事内容が、仮に個人の憶測を元にして書かれたものであったなら、当然それを参照して書かれた記事も、不確かな憶測情報となってしまいます。更には、キュレーションを行う人自身が「新たな憶測情報」を追加してしまうこともあり、最終的には情報が大きく歪められてしまうこともあるのです。

AIによる誤情報の場合がある

近年話題となっているChatGPTなどのAIが、健康情報を求める利用者(質問者)からの質問に対して何らかの回答を返す際には、前項でお伝えしたような個人運営ブログの「憶測情報」などを参照している場合があります。実はAI自体もかなりいい加減な憶測情報(推測情報)を発信することがあり、時として大きく間違っていることもあるのですが、利用者はAIが返してきた回答文章の「論理の美しさ」に圧倒されてしまい、そのまま信じてしまうことがよくあります。

将来的にはAIの回答精度は向上していくことが予想されますが、現在のAIの回答、あるいはAIの回答を元にして作られたブログ記事などは、必ずしも信ぴょう性が高いとは言えないのです(人間によって、十分にチェックと修正を行ったものは別ですが)。また、たとえ将来的にAIの能力が向上しても「情報ソースをどこから取得するか」といった根本的な問題が改善されていなければ、やはり信ぴょう性の向上にはつながりにくいと考えられます。ChatGPTなどは、API連携(機能拡張)によって、その能力を格段にアップさせたり、鍛えたりすることもできなくはありませんが、すべての人がそのような難解な技術を駆使して情報発信(ブログ運営)を行っているとは限りません。

現時点のAI(ChatGPTなど)は、長文の要約をしたり、予想外のアイデアを得るための「補助ツール」として利用することは有用ですが、「全知全能の神」のような存在として扱うことは、非常にリスクがあります。

悪意がある情報の場合がある

いわゆる「ヘイトサイト」と呼ばれるサイトには、悪意によって歪められた情報や、偏った情報がたくさんアップされている可能性があります。ヘイトサイトとは、特定の民族や国籍の人々を排斥するような、差別的言動を含んだ内容の書き込みがあるサイトのことです。

過去には、「中国人がコロナウィルスをまき散らしている」といった人種差別からくるデマ情報が出回って、悲惨な事件(ヘイトクライム)を生んだことがあります。また、ネットが普及していない時代の話であれば、関東大震災が起きた1923年に「混乱に乗じて朝鮮人が井戸に毒を入れ回っている」というデマ情報が口づてに広まり、その結果、数千人に及ぶ朝鮮人が虐殺されたと言われています。情報操作は、戦時下における軍事作戦や国民誘導などでよく用いられてきた手法ですが、戦争が起きていない時であっても、このような差別意識からくる情報操作が行われることもあります。

そして、その操作される情報の内容には、上記のように食や感染症など「健康に関する話題」が含まれていることもよくあります。私たちは知らず知らずのうちに、このような「悪意によって操作された情報」に触れていることもあるのです。この「悪意によって操作された情報」は、知名度の高い団体の公式サイトから発信されているプロパガンダ[※]の場合もありますので、知名度の高低だけで情報の信ぴょう性を判断するのは危険です。

※.政治や宗教など、特定の主義(思想)についての誘導的な宣伝。 

販売目的の情報の場合がある

企業などが、とある製品やサービスを消費者に買わせるために行う「セールスプロモーション」の一つとして発信されている情報もあります。ストレートに「この商品はいいですよ」と宣伝する場合もありますが、最近では「ステルスマーケティング(ステマ)」という手法を使っている場合もよくあります。ステマとは、たとえば健康志向の高い人気タレントの自宅映像の中に、特定の栄養ドリンクやプロテインパウダーをチラっと映り込ませたりするなど、暗に売り込みたい商品などを訴求する方法です。

ステマは消費者に対する一種の「仕掛け」ともとれるため、一部の人たちからはあまり良く評価されていないことがあります。しかし、CMなどの訴求活動は、大なり小なりステマの要素を含んでいますし、消費者の「憧れ」や「気づき」にも一役買っている面があるため、一概に悪いものというわけではありません。ただ、そうした映像を見た時に、私たちは頭の片隅で「ステマかも」と思えるようにしておくことは大切です。そうすることによって、衝動的な判断を防ぐことができ、結果的に粗悪な商品を避けることにも繋がります。

一方、ストレートに商品の宣伝がされている場合において私たちが注意すべき点は、「デメリットが十分に伝えられていない場合がある」という点です。正確な情報には「正確なメリット情報」と「正確なデメリット情報」とがあり、そのうち企業にとって都合の良い「正確なメリット情報」だけを提供し、暗にデメリットはないかのようにして販売することもあるので、注意が必要です。

«後編へ続く»


参考文献

WHO「Health Promotion Glossary of Terms 2021」

https://www.who.int/publications/i/item/9789240038349

日本HPHネットワーク「ヘルスプロモーション用語集2021」

https://www.hphnet.jp/study-data/17461/

CNN.co.jp「コロナ理由にアジア系の親子を刃物で襲撃、ヘイトクライムの罪状認める」

https://www.cnn.co.jp/usa/35183937.html

朔北社「一般書(今井清一著)|関東大震災と中国人虐殺事件」

http://www.sakuhokusha.co.jp/book/kantouchugoku.html

書籍「自身を守り家族を守る医療リテラシー読本」松村むつみ 著

書籍「ヘルスリテラシー(健康教育の新しいキーワード)」福田洋&江口泰正 編著

書籍「健康情報は8割疑え!」中山健夫 著

書籍「女性がイキイキと働き続けるためのヘルスリテラシー」北奈央子 著