「服薬アドヒアランス」とは | 水と健康の情報メディア|トリム・ミズラボ - 日本トリム

「服薬アドヒアランス」とは

「丁寧に説明をしても指示通りに服薬してくれない」
「飲み忘れ、飲み間違い、過剰摂取を何度も繰り返す」
こういった患者の状態は、医師や薬剤師、そして患者をサポートする家族(以下「支援者」)などの間で大きな問題となっています。

近年では、超高齢社会に対応するためもあって、薬剤師は患者の自宅に訪問する機会が増えつつあります。薬剤師は以前にも増して患者と寄り添うことができるようになったわけですが、その現場では服薬治療を妨げている真の原因をつかみ、患者と一緒に解決していく能力が求められています。また、患者の服薬治療をサポートしていくためには、薬剤師と支援者が連携・協力しなければならない場面も多くあり、その協働の場においては、支援者も薬剤師の役割や考え、取り組みなどを一部理解しておく必要があるでしょう。

今回は服薬アドヒアランスとは何かについて解説をしていきます。家族に服薬治療中の患者がいる方も、ぜひ参考にしてみて下さい。

服薬アドヒアランスとは

服薬アドヒアランスとは、患者が自身の病状を深く理解し、服薬治療の方針決定に積極的に関わり、主体的な姿勢で正しく服薬治療を受け続けることを意味した言葉です。これに似た概念として「服薬コンプライアンス」という言葉がありますが、これは医師が処方した薬を従順(言われたまま)に服用することを意味しています。両者とも「服薬遵守」という点においては共通した目標がありますが、服薬治療に取り組む患者の「姿勢」に大きな違いがあり、その点において両者は区別されています。従来の服薬治療では「服薬コンプライアンス」に重きをおいていましたが、患者の服薬不遵守がなかなか改善されず、薬剤師や支援者の間で問題となっていました。

【服薬不遵守の例】
・服薬中断
・服薬拒否
・薬の飲み忘れ
・薬の過剰服用
・薬の飲み間違い など

この問題を改善する概念として近年注目を浴びているのが、患者参加型の「服薬アドヒアランス」です。

コミュニケーションが重要

服薬アドヒアランスの向上には、患者とのコミュニケーションが不可欠です。患者が服薬治療に対して積極的に参加するかどうかは、このコミュニケーションの良し悪しにかかっていると言っても過言ではありません。

これまで行われてきた父権主義的な「服薬指導」では、医師や薬剤師から一方的に「話しかけ」が行われ、患者はそれに対して黙って従うことが通例となっていました。しかし、そういったスタイルを続ける中で服薬不遵守が起きると、医師や薬剤師は指導の口調を強める以外に手立てはなく、「なぜ低下したのか」という本質的な問題をつかむことができません。そして何より、患者の治療に対する姿勢が受け身状態のまま変化せず、いつまでも「やらされている、やってもらっている」といった心理的負担や依存心を抱き続けることになります。

服薬治療に限った話ではありませんが、何事も継続的な取り組みを行う際には、本人のモチベーションが非常に重要になります。薬剤師や支援者は、患者に対して指導や話しかけに終始するのではなく、患者が治療方針や服薬方法、薬剤などに対して、どう感じ、どう評価しているのかを積極的にヒアリングし、双方向の対話を心掛けることが大切です。

コミュニケーションの取り方については、患者の「年齢、性別、性格、精神状態、持病、障害」などによって調整が必要になることもあるため、薬剤師や支援者にとっては、難しく感じてしまうこともあるかもしれません。しかし、コミュニケーションをとる目的やポイントをしっかりと押さえておけば、より効率的でブレのないコミュニケーションが取れるようになるはずです。

コミュニケーションの目的

コミュニケーションをとる目的には、次のようなものが挙げられます。    

【信頼関係を構築する】
・正直に服薬状況を話してくれる
・治療に対する不満を打ち明けてくれるようになる
・恥ずかしくて知られたくない情報も開示してくれるようになる
・提供した情報を信じてくれる

【服薬治療に対する参加意識を醸成する】
・分からないことは積極的に質問してくれるようになる
・自分の体の状態に対して、責任感を持つようになる

【トラブルを防止する】
・トラブルがきっかけで薬剤師や支援者に対して嫌悪感を抱く患者もいる
・十分なコミュニケーションをとっておけば、トラブルやクレームを未然に防ぐことができる
・仮にトラブルが起きても、コミュニケーションの下地があれば、早期に終息できる

【薬の重要性や服薬ルールを念入りに伝える】
・会話中に「病状、服薬ルール、薬の効能、副作用」についての説明を織り交ぜることができる
・「薬を飲む重要性」と「飲まない場合に起きるリスク」についても、理解を深めてもらえる
・一回の説明では、患者に半分ほどしか内容が伝わらないというデータもある
・コミュニケーションを頻繁にとることで、説明回数の増加を狙い、知識の定着を促すことができる

【患者の障害(種類,程度)を詳しく知る】
・例えば肘関節に可動域障害があれば、具体的にどこまで動かせるかを知ることができる
・それによって患者が一人で服薬できるか、それとも介護や支援が必要なのかが分かる
・また、障害によって服薬時に強い痛みやストレスを伴うかどうかが分かる

【患者の性格をつかむ】
・短気でせっかちかどうかが分かる(長時間の説明が耐えられないタイプなど)
・薬剤師の前でだけ納得(共感)した様子を示すタイプかどうかが分かる
・飲み忘れに対して取り繕ったり、ウソをつくタイプかどうかが分かる

【家族構成(同居人)を知る】
・家族や同居中の恋人に、病気のことを知られたくないと思っているかどうかが分かる
・例えば「座薬の使用や携帯を知られるのが恥ずかしい」など
・家族に介護(支援)をしてくれる意思のある人がいるかどうかが分かる
・服薬治療に対し、家族が過干渉(自立心の阻害)をしているかどうかが分かる

【職場環境を知る】
・社内の人に病気のことを知られたくないと思っているかどうかが分かる
・例えば、雇用上の問題で不利になることを恐れ、社内でインスリン注射が打ちにくいなど

【患者のライフスタイルを知る】
・服薬のタイミングと患者のライフスタイルがマッチしているかどうかが分かる
・例えば「1日3回、毎食後」で処方された薬があっても、午前11時に起床して、食事は1日2回、といったライフスタイルを持つ患者もいる

【現行の治療全般に対して改善点を尋ねる】
・思わぬアイデアや見落としていた問題点を知ることができる
・クレームの中に改善案が含まれていることもあるので注意して聴く
・改善提案を促すことで、服薬治療に対してより参加意識が強まる 

コミュニケーションのポイント

上手にコミュニケーションをとるためのポイントは、コミュニケーションの「前・際中・後」にあります。

コミュニケーションの前

【患者の質問を予想しておく】
・予想しておくことで、的確な回答を素早く患者に返すことができる
・的確な回答を素早く返せば、患者の信頼を得ることができる
・ネットやSNSで不安を煽るような噂があれば、それらに対する答えも持っておく
・すぐに回答できない予想外の質問に対しては、正直に「分からない」と伝え、すぐに調べる姿勢を示す

【イラストや図、動画の準備をしておく】
・口頭説明よりも、効率的に患者の理解を深めることができる
・特に、障害を持つ患者や高齢者に対して有効

【話をしやすい環境づくり】
・話を聞かれたくない人が周りにいないかなどの配慮をする
・内装デザイン(照明、壁紙の色など)も相談のしやすさに影響を与えることがある

【身だしなみを整える】
・患者に敬意を示すことができる

【フルネームで自己紹介をする】
・患者に敬意を示せるのと同時に、親近感も与えることができる

【会話前には時間に余裕があるかを確認する】
・相手の事情に配慮を示すことで、患者との協働感を醸成できる
・場合によっては、短い服薬指導にとどめ、コミュニケーションは別日に行う配慮も大切  

コミュニケーションの最中

【責めない】
・患者が薬の飲み忘れを報告しても責めないこと
・責めると、次回以降ウソの報告をする可能性がある
・どうしても悪い点を指摘しなければならない場合、まずは正直に報告したことに対してほめ、その後、改善点を織り交ぜながら予防策を一緒に考える(PNP法など)                   

【ほめる】
・患者が示す積極性に対しては、その強弱にかかわらず細かくほめる
・ほめることで服薬治療に対するモチベーションが上がり、正確(正直)な情報を多く提供をしてくれる可能性が高まる

【口調や声のトーンに気をつける】
・口調や声のトーンに患者が委縮してしまわないように注意する
・特に忙しいときは、無意識に口調が強くなったり、速くなったりするので注意する
・ただし、重要性を伝えるための「意図的な切迫感」は場合によっては必要

【コミュニケーションに適した表情を保つ】
・にこやかな表情をすることで、患者は話しかけやすくなる
・患者の目を見て話しをきく(話す)ことで、信頼感を高めることができる

【「聴くこと」に比重を置く】
・聴くことに比重を置くことで、患者からの発言を促進できる
・患者からの連続的な発言を促進するには、しっかりとした「相づち」がポイントになる
・ある研究では共感に優れた医師ほど、糖尿病患者の治療コントロールが良好であったと報告されている
・その為、ただ聞くのではなく共感を伴った傾聴を行うようにする

【強制をしない】
・薬剤師らの基本スタンスは、「服薬指導」ではなく「服薬支援」にあることを意識する
・患者に選択肢を与え、場合によってはセカンドオピニオンも勧める

【アイメッセージで婉曲に説得する】
・この技法は、服薬の必要性が高いにも関わらず、患者が拒否している場合に有効
・主語を「私(I)」に置き換え、「私だったら必ず●●しますよ」などと言って説得する
・他にも「私の身内だったら必ず●●してもらいますけどね」という話し方もある
・アイメッセージに親身が伴っていれば、患者は医療関係者をより身近に感じてくれる

【患者が発信している非言語情報を見逃さない】
・腕組み、表情のこわばり、視線外しなどは「不満、不信、拒否」を示す場合が多い
・たとえ患者から肯定的な返答を得られたとしても、本質的な問題は解決されていないことを考慮する
・極端な態度が見られる場合は、治療方法や薬に対して、何らかのトラウマがある可能性も考慮する

【薬の副作用についての説明は慎重に】
・過去の経験から、副作用に対して極端に恐れる患者もいるので患者の耐性を見極め、説明の仕方を考える
・説明を行う場合、エビデンスや統計情報を元に話を進めると、患者からの信頼を得やすい
・「副作用が現れた場合、どう対応すればよいか」までを説明しておくことで、落ち着いて説明を聞いてもらえる
・治療をする上で、ある程度の副作用を許容しなければいけない場合には、その「程度」を具体的に示すと同時に、いつまで服薬治療を続けるのかを明確に伝える 

コミュニケーションの後

【服薬ルールを正確に理解しているかを確認する】
・コミュニケーションが長引くにつれて、服薬ルールを忘れたり、解釈が歪みがち
・高齢者に対しては、プライドを傷つけない範囲で念入りに確認をとること
・正しく理解している(理解した)場合には、そのことをしっかりと褒める

【在宅薬剤師などは「時間外連絡先(緊急連絡先)」を案内する】
・薬の飲み方を忘れてしまうのではと不安に思っている患者や、副作用を極度に恐れている患者などの安心につながる
・患者と一緒に治療に臨もうとする薬剤師らの姿勢を示すことができる       

【患者の家族(介護者,支援者)とも協力体制を構築する】
・患者の年齢や精神状態、障害によっては、患者とは別に説明を行った方がよいこともある
・関係者たちの協力が得られれば、それだけ服薬アドヒアランスは向上しやすくなる

その他の対策

次の3つの対策も服薬アドヒアランスの向上に役立ちます。

  • 障害に対する知識を深める
  • ツールや機器を提案する
  • 電子版お薬手帳を提案する

それぞれについて見ていきましょう。

障害に対する知識を深める

患者が何らかの障害を抱えていた場合、本人に服薬の意思があっても、実際には服薬が困難になる場合があります。

例えば、手にマヒがある患者が錠剤を服用する場合、次のような困難が生じます。

・錠剤をPTPシートから取り出すことが困難
・錠剤をつかみ口に中に運ぶことが困難
・錠剤を落とした際、拾うのが困難 など

このような困難が伴うと、患者は服薬を継続することが嫌になり、服薬アドヒアランスの低下に繋がる恐れがあります。

また、次のような障害も服薬に影響を及ぼすことがありますので考慮しておくことが大切です。

・運動障害(マヒ、不随意運動、運動失調)
・嚥下障害
・視覚障害
・聴覚障害
・精神障害
・認知症 など

ツールや機器を提案する

例えば、手のマヒによって錠剤をPTPシートから取り出せない患者に対しては、次のような市販の自助具を進めるのもよいかもしれません。

・トリダス
・プッチン錠
・お薬どうぞ! など

また、散剤が入っている分包袋をハサミで開封することが困難な場合には、本来、文具として使用される電動レターオープナーを開封機として代用することもできます。このような服薬支援ツールは、ネットで「服薬 自助具」と検索すれば見つけることができます。さらに「服薬 ロボ」で検索すると、服薬支援ロボットについても調べることができますので、患者によっては、そういった機器の活用を提案するのもよいでしょう。

電子版お薬手帳を提案する

お薬手帳の進化版である「電子版お薬手帳」というサービスの提案もオススメです。
「電子版お薬手帳」とは、紙製のお薬手帳をデジタル化したサービスの総称で、近年ではクラウドコンピュータを活用したスマホアプリとしても利用されています。

電子版お薬手帳のサービスに対応した薬局では、調剤した薬の詳細データを自動的にクラウドコンピュータへ登録してくれるため、患者は登録作業の手間を省くことができます。また、担当者限定のクローズドSNSを作成し、担当者間の連携(患者情報の共有)を強化する機能がついているものもあります。さらに、服薬アラート機能や、服薬記録(ログ)を残す機能などがついているものもありますので、服薬管理に大変便利です[※]

ちなみに、患者の自己申告や錠数カウントによる服薬遵守率は、電子的な服薬記録と比べて、それぞれ17%・8%過剰に見積もられているという報告もあります。電子版お薬手帳は、より正確な服薬状況を把握することができるため、服薬アドヒアランスの良し悪しが分かり、患者へのフィードバックにも役立つでしょう。

※. 各機能の有無や詳細については、サービス提供会社にお尋ね下さい。

さいごに

服薬アドヒアランスを向上させるには、まず患者が抱える「真の問題」を理解する必要があるでしょう。しかし、この真の問題は、通常、患者の口から積極的に説明されることは少なく、厚い扉によって閉ざされています。先の解説では、この厚い扉はコミュニケーションの充実を図ることで開きやすくなるとお伝えしましたが、扉を「全開」するためには、もう一つ大切な要素があります。それは、患者に対する親身です。つまり「患者を自分の身内のように、または自分と同じくらい大切に想い、接すること」、これこそが服薬アドヒアランスにおける真髄と言ってもよいでしょう。

ツールやテクニックの活用も大切ですが、それらよりも大切なものは「親身」だということを忘れないようにしたいですね。


参考文献

浦岡胃腸クリニック「コンプライアンスとアドヒアランス(服薬遵守)」

https://uraoka.jp/med-information/rinri/post-708.html

PubMed Central「Strategies to Enhance Patient Adherence- Making it Simple」

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1681370/

NIH(Stefano Del Canale, et al)「The relationship between physician empathy and disease complications」

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22836852/

BJCP/PHARMACOEPIDEMIOLOGY

https://bpspubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/bcp.12942

書籍「好きになる薬物治療学」大井一弥 著

書籍「服薬支援とアドヒアランスQ&A」株式会社じほう 出版

雑誌「月間薬事(2018年6月号 なるほど納得! リハ栄養とリハ薬剤)」株式会社じほう 出版

雑誌「薬局(2017年9月号 再考!服薬アドヒアランス)」南山堂 出版